1 治
水 計 画
昭和49年3月に改定された雄物川の治水計画「雄物川水系工事実施基本計画」(以下「基本計画」という)は、基準地点(椿川)における基本高水流量のピーク流量を9,800m3/sと定め、上流ダム群で1,100m3/sを調節して計画高水流量を8,700m3/sとするものである。成瀬ダム建設計画はこの「上流ダム群」の一環をなすもので、成瀬川、皆瀬川及び雄物川の治水安全度の向上を図るものとされている。
2 基本高水流量設定についての疑問
ところで、雄物川流域における主要な洪水と被害は次表の通りである。
項 目
発生年月
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最大流量
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全壊
流出
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半壊
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床上
浸水
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床下
浸水
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浸水
農地
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備考
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昭和
22.7.21
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m3/s
5,050
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戸
308
|
戸
0
|
戸
13,102
|
戸
12,259
|
ha
18,253
|
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昭和
44.7.28
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2,480
|
0
|
0
|
136
|
1,168
|
9,116
|
|
昭和
47.7.6
|
3,300
|
1
|
2
|
261
|
1,091
|
9,095
|
|
昭和
54.8.6
|
2,690
|
1
|
0
|
41
|
373
|
3,599
|
|
昭和
56.8.23
|
2,280
|
0
|
1
|
2
|
9
|
1,300
|
|
昭和
62.8.18
|
3,260
|
0
|
0
|
534
|
1,040
|
5,400
|
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平成
6.9.30
|
|
0
|
0
|
0
|
1
|
6
|
成瀬川による
国道342通行止
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(注)
雄物川水系成瀬ダム建設事業環境影響評価準備書より。
最大流量は基準地点のものである。
この表によれば、これまでの基準地点における最大流量は昭和22年7月21日の5,050m3/sであり、その日の被害も他の洪水に比べ非常に大きい。
しかし、この昭和22年の洪水でも、基本計画の基本高水流量ピーク流量9,800m3/sより4,750m3/s少なく、ほゞその2分の1にとゞまる。しかも昭和22年当時は洪水が発生するそれなりの原因があった。即ち、戦争中の乱伐で山は荒廃し、森林の保水能力は大幅に低下していた。更に、河川改修等の治水工事に必要な資材の不足等で河川の治水工事は十分行われなかったからである。
その後、山には植林が実行されて保水能力が向上し、治水事業も進展した結果、洪水は大幅に減少したのである。こうした経緯は、昭和22年以降、50年余の洪水をまとめた上記の表からも十分にうかゞえる。すなわち、昭和22年より後の洪水の最大流量は3,300m3/s以内となっている。
従って、基本計画が基本高水流量のピーク流量を9,800m3/sと設定したのは根拠が乏しく疑問が残る。100年に1度の洪水への対策を、150年とか200年に1度の洪水への対策へと基準を上げれば、ダム建設はいつまでも続く。しかし、民間であれば破産状態とも言える国家財政の危機下では、費用対効果の見地からして、安全度が高ければ高いほどよいとは言えないのである。
3 治水効果についての疑問
成瀬ダム計画によると、ダム地点の計画高水流量470m3/sのうち、360m3/sの洪水調節を行う。この360m3/sの調節は、前述の椿川基準地点における計画高水流量8,700m3/sを実施するための上流ダム群による1,100m3/sの調節の一部となり、同基準点において130m3/sのカット効果があるとされる。(成瀬ダム計画技術レポート)
しかしながら、こうした成瀬ダムの治水効果については次のような疑問がある。
第一に、成瀬ダムの360m3/sの調節により、基準地点において130m3/sのカット効果があるという根拠が十分明らかとはいえない。また、上記効果は、成瀬ダムのピーク流量が椿川基準点のピーク流量に対して影響を与える計画相応の洪水パターンには妥当するが、洪水のパターンが変われば、その効果は減少すると考えられるのである。
第二に、上流ダム群のうち既設の玉川、鎧畑、皆瀬の3ダムの集水面積合計は779.3km2であり、その調節効果は300m3/sとされている。一方、成瀬ダムの集水面積は68.1km2であり、上記3ダムの8.7%程にとゞまるが、調節効果は130m3/sとされ、上記3ダムの300m3/sの43.3%にも及ぶ。こうした効果の差異は、降水量等の相違のみでは理解困難で疑問が残る。
第三に、上流ダム群による1,100m3/sの調節には、成瀬ダムのほかに670m3/sを調節できる既存3ダムに倍する新たなダム建設を必要とする。こうした果てしないダム建設は、自然環境を破壊し、国と地方の財政危機状況からして現実性に乏しいばかりか、ダム建設の終焉というアメリカ合衆国を始めとする欧米諸国の趨勢にも後れをとる。
4 代替案検討の不十分
建設省の基本高水流量の設定自体に前述した疑問のあるところであるが、「成瀬ダム計画技術レポート」に見られる治水の代替案の検討は不十分と言わざるを得ない。
すなわち、1987(昭和62)年の洪水で浸水した西仙北町刈和野地区では、治水のための築堤工事が進行中である。また、1994(平成6)年の成瀬川における既往最大の洪水により、床上浸水1棟、浸水農地6L、国道342号線の通行止めの被害がみられた。しかし、こうした洪水被害については、東成瀬村の田子内、岩井川両地区を中心とした堤防の建設等により、被害を予防することが可能である。また、事業費も少額で足りる。技術レポートの代替案は、簡単すぎて詳細は不明であるが、成瀬川の全川にわたり堤防嵩上げ・引堤等の工事を想定しており、余りにも過大な代替案と言わざるを得ない。
5 まとめ
以上の検討により、成瀬ダム建設による治水効果は、基準地点における基本高水流水量の設定が余りに過大であるとの疑問があるうえ、その治水効果についても過大に見積もられているとの疑問がある。一方、過去の洪水被害に対しては、現に西仙北町刈和野地区の築堤工事が進行中であり、また、成瀬川の洪水についてもこうした堤防工事等の代替案により被害を防止することができると考えられる。従って、治水を理由に成瀬ダム建設を正当化することはできない。
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