成瀬ダム建設で県などに意見書

9.29 秋田弁護士会

 秋田弁護士会(田中伸一会長)は、29日以下のように、建設省湯沢工事事務所や寺田典城知事などに成瀬ダム建設計画をめぐる意見書を送った。

                     (「秋田魁新報」9月30日朝刊より)

 

  2000年9月29日

成瀬ダム建設計画に関する意見書

                                      秋 田 弁 護 士 会

意見の趣旨
 成瀬ダム建設計画は、環境影響評価手続に不備があること、貴重な自然環境の保全が十分でないこと、治水・利水上の必要性に疑問があること、代替案の検討が不十分であることなど、事業計画に重大な問題点が認められる。従って、環境影響評価法により環境影響評価手続をやり直すなど、事業について、その中止を含めた抜本的な検討を加えることが必要である。

意見の理由
第1 成瀬ダム建設計画の概要と当会の調査経過

1 成瀬ダム計画の概要と経過
 成瀬ダムは、秋田県東成瀬村の成瀬川上流に建設を計画されている多目的ダムである。
 平成12年8月15日に示された基本計画によると、総事業費は約1530億円、堤体の高さ113.5m、長さ690m、たん水面積2.26km2、総貯水容量7870万m3の巨大ダムである。
 同ダムは、昭和48年4月に秋田県が予備調査を開始し、昭和58年4月に県が実施計画調査を開始したが、その後計画は進展せず、平成3年4月に国の直轄事業に移行し、事業主体が建設省東北地方建設局(湯沢工事事務所)となった。計画から事業着手までに長年月が経過したため、いわゆる「ダム事業審議委員会」が設置されたが、平成8年5月に「建設に関する基本計画原案」が提示され、同年8月、成瀬ダム事業審議委員会が「ダム計画は妥当」との意見を提出した。
 平成9年4月、同工事事務所は、環境影響評価のための調査等に着手し、同年11月、環境影響評価準備書を1ヶ月縦覧に付した。
 ところが、同準備書中に、秋田県に生育していない植物が記載されているなど「不備」が多数発覚したり、調査会社が資料を紛失するなどの事態が発生し、同工事事務所は、縦覧後の手続を「中断」し、「追加調査」を行うこととなった。
 平成10年5月から「追加調査」が実施されたが、その後も、昆虫リストにも間違いが判明したり、ほ乳類、水生昆虫類のデータの訂正や、ワシタカ類の調査データを公表し、同年12月8日から、環境影響評価準備書の「再度の縦覧」を行った。
 平成11年1月21日 住民意見書の提出を締め切ったが、合計23件の意見書が提出された。
 同年4月21日、知事が準備書についての意見書を提出し、同年5月7日から、環境影響評価書が縦覧された。
 その後も、同工事事務所は、「追加調査」の結果を公表し、平成12年8月15日には、ワシタカ類等の「生物環境調査結果」を公表した。
 現在同工事事務所は、秋田県知事に対し成瀬ダム建設計画に関する意見を求めている。

2 当会の調査
 当会は、環境影響評価手続について継続的に調査研究を続けていたところであるが、1993年2月23日、「環境アセスメント条例制定を求める意見書」を公表し、秋田県に対し、早期に環境アセスメント条例を制定することを求め、2000年5月11日、秋田県に対し、秋田県の環境影響評価条例の骨子案に対する意見書を提出した。
 また、真木ダム建設計画に関する報告書(1995年2月15日)を公表した。
 成瀬ダム計画についても、継続的に調査を続け、1998年4月16日には、湯沢工事事務所を訪問し、ヒアリングを行い、1999年8月11日には、同ダム計画予定地を現地調査したほか、関係市町村、同工事事務所への文書照会による調査を行った。
 以下の意見書は、これらの調査結果に基づくものである。

第2 環境影響評価手続上の問題点

1 成瀬ダムの環境影響評価の経過
 成瀬ダムの環境影響評価手続を、時系列的に並べると、以下の通りである。

平成9年11月 環境影響評価準備書を一ヶ月縦覧
  ・同準備書に「不備」が発覚。
  ・秋田県にない植物が記載されていると県自然保護課が指摘。
  ・調査会社が、資料を紛失していたことが判明。
  ・建設省湯沢工事事務所が、「追加調査」を決定。
平成10年5月〜「追加調査」実施。
同年7月 昆虫リストにも間違いが判明。
同年9月9日 ほ乳類、水生昆虫類のデータを訂正。
同年11月30日 ワシタカ類の調査データを公表。
同年12月8日〜 環境影響評価準備書の「再度の縦覧」。
平成11年1月21日 住民意見書の提出締め切り。23件の意見書提出。
同年4月21日 知事が準備書についての意見書提出。
同年5月7日〜 環境影響評価書の縦覧。
平成12年8月15日 工事事務所が「生物環境調査結果」を公表。

2 問題点
(1)法的手続の不備
 @ 「追加調査」とアセスメントの「やり直し」
 成瀬ダムに関する平成9年からの「環境影響評価」手続は、いわゆる「閣議アセス」(昭和59年8月29日閣議決定「環境影響評価の実施について」を受けた「建設省所管事業に係る環境影響評価の実施について」1985年4月建設事務次官通知)で行われた。
 ところが、右手続において、調査の不備が相次いで発覚し、準備書の記載の不備が指摘された。
 環境影響評価法(平成9年成立)でも、調査の不備が生じた場合の措置が明示されているわけではないが、準備書、評価書に対する意見等への配慮によって、「修正」についての環境影響評価を行うこととされている(21条、25条)。また、公告後でも「環境の状況の変化その他の特別の事情により」「再実施」することができるとされている(32条)。
 ところが、閣議アセスには、このようなアセスメントの調査不足などが判明した場合の、「中止」「中断」「再実施」等の規定がない。
 したがって、本件のような「不備」が指摘されたときに、どのような手続をとるかが、規定上不明であり、事業者の任意の判断に委ねられているのが実情である。
 実際、平成9年に準備書が縦覧された時点で、不備が発覚し、手続を「中断」した際、その後の手続を、どこから「再開」するのか、基準、規定が明確でなかったため、事業者も混乱した。当時、工事事務所側では、準備書の縦覧と住民意見書の提出は終了したので、知事意見書から再開する方針も示していた(同年10月25日付朝日)が、結局、準備書の縦覧からやり直したという経緯がある。
 また、その後の「やり直し」調査の位置づけも、手続き上不明であった。
 たとえば、本年(平成12年)8月ににおける上記調査結果の公表は、「法に基づく手続ではない」(8月16日付さきがけ)と説明されている。つまり、その公表は「縦覧」ではないということのようである。とすると、これに対する意見を求めても、その意見は、どのように扱われるのかについて、法的な保障はないことになる。
 これらは、いずれも、調査の不備について再実施等の手当規定が定められていない、という手続上の不備に由来していることを示している。
 A しかも、後述するように、本調査の不備は、調査自体の信頼性を根本から損なうものである。同じ調査会社による「追加調査」のみをもって、再調査の信頼性が高まるとも思えない。
 別の調査機関による「再実施」が必要であったと考えられる。
 また、「追加調査」は、調査項目毎の「調査」と「評価」、「公表」という形で行われたが、この「五月雨式」の調査等は、生態系を含む「環境全体」への総合的な評価が何ら考慮されていないという批判を免れないところである。個別の種に対する影響だけを個別に判断するだけでは、当該地域の生態系への影響を十分に評価検討したとはいえないからである。
 また、「追加調査」を迫られたのは、当初の調査が不十分であったこととあわせ、事前の調査項目の検討が不十分であったことも示している。例えば、 シノリガモの生息情報が、評価書に記載されず、その後(11年8月頃)になって判明し、引き続き調査検討されている。
 これらも、環境影響評価法のスコーピング手続に準じて、調査項目、調査手法について、住民等の意見を求めれば、防止できた可能性がある。
 以上の通り、調査の信頼性や調査項目等の問題、生態系への配慮等の観点からも、遅くとも平成10年5月の時点において、環境影響評価法に基づく手続を「再実施」すべき事案であったといえる。
(2)内容上の不備
 @ 代替案の検討について
 環境影響評価においては、代替案の検討が不可欠である。
 ところが、成瀬ダムに関して、環境影響評価準備書等において、代替案の記載はなく、検討や議論がなされていない。
 わずかに、平成9年の「成瀬ダム計画技術レポート」に、代替案の検討として、堤防嵩上げ案等の代替案が示されているが、後述するように(第4-4)、十分な検討がなされているとは言いがたい。
 したがって、環境影響評価準備書等において、十分な代替案の検討がなされるべきであった。
 A 調査の信頼性
 上記の通り、本件の「調査」には、極めて信頼性を損なう事実が指摘されている。
 例えば、平成9年11月、環境影響評価準備書が縦覧されると、同準備書の「陸上植物」の項に記載されている619種の内、秋田県内に生育が確認されていない種が少なくとも34種もあり、また、ランについて16種の欠落があると指摘された。
 工事事務所は、翌年平成10年5月から追加調査を実施したが、追加調査の結果、同年7月、昆虫類のリストにも間違いが発見され、同年9月には、哺乳類、水生昆虫類のデータが訂正された。更に、同年11月には、聞き取り調査のみで確認していたヨタカ、メボソムシクイの2種が現地で確認されたこと、同準備書で4ヶ所とされていたクマゲラと推定される鳥の古巣などが、新たに8箇所増えたと訂正された。平成11年8月には、ダム予定地内で、環境庁レッドリストで絶滅のおそれのある地域個体群に指定されているシノリガモの生息が確認されたが、このシノリガモは、前年度の環境影響評価書にも調査対象として記載されていなかった。そのため、工事事務所は、平成12年4月から8月に、営巣の有無等を「追加調査」した。
 このように、調査の不備は多岐に及んでおり、同調査では調査が行われていないか、極めてずさんな調査が行われていたことを示している。しかも、調査会社が、調査当時のフィールドノート及び踏査ルート図を紛失していることが発覚したことからも、その調査の信頼性が著しく損なわれている。
 また、「追加調査」も、当該年だけにとどまり、短期間であって、追加調査自体が十分な調査であったか疑問がある。
 そして、これらの調査の不備が、結果的に準備書公開の時点で判明したが、もし、これらの指摘がなされないと、不備な調査のまま環境アセスメントが実施されてしまいかねなかったことになる。
 B 「審査機関」の問題
 環境影響評価の準備書及び評価書の検討には、住民の意見等のほか、専門家等による「審査」が求められる。
 秋田県環境影響評価条例でも、秋田県環境影響評価審査会という「審査機関」の意見を聞くこととされている(37条)。
 今回の環境影響評価では、事業者が、専門家の意見をどのように聞いたのかは、必ずしも明確ではない。
 今回の環境影響評価に先立つダム事業審議委員会では、「環境・地質等調査専門委員会」の各専門委員会からの意見が出されており、その意見は公表されたが、その後の手続にも、同種の専門家が関与したかは明らかにされていない。
 「追加調査」の際、成瀬ダム事業審議委員会「環境・地質等調査専門委員会」が開かれた旨の報道があり(平成9年10月22日付さきがけ)、準備書の縦覧やり直しについても、同専門委員会が開かれたが、非公開(平成10年11月26日付さきがけ)であった。また、ダム予定地周辺にイヌワシ営巣地が確認されたが、「成瀬ダムに係るイヌワシ・クマタカ調査委員会(座長小笠原教授)」では、「イヌワシへの影響はない」とする意見が出されたとされる(10年10月7日付さきがけ)。そして、上記12年8月公表の調査結果について、工事事務所では、絶滅危惧種などが確認されたが、「専門家の話から、今の時点ではダムが建設されても保全は可能と考えている」と話しているが(8月16日付さきがけ)、その専門家が誰で、どのような意見かは明らかにされていない。
 しかも、準備書に記載されている調査データは、それに先立つダム事業審議委員会の上記専門委員会の論議と並行ないし先行して行われていた調査の結果であるところ、ダム審議会に提出された上記専門委員会の意見にも、そのような不備は指摘されていなかった。したがって、上記専門委員会も、これら調査データの「不備」を指摘できなかったという点で、「審査機関」として十分ではない。
 C 調査項目の限定
 従前の閣議アセスメント手続では、調査対象項目として、公害防止や「貴重な」自然環境の保全に重点が置かれているが、環境基本法20条に対応した生態系、身近な自然、歴史的景観等の保全も、重要な調査・評価項目にされるべきである。
 この点で、上記1Aで指摘したように、個別の「種」毎に「追加調査」を行う手法は、生態系全体の保全という見地からの影響評価は十分にされているとはいえない。また、歴史的景観として重要な「赤滝」が、水没することについても、十分な評価がされているとはいえない。

3 まとめ
 以上の通り、本環境影響評価は、いわゆる閣議アセスの手続に従っているところ、その手続や調査内容自体に、上記のような重大な「不備」が認められるものである。
 これらの「不備」を解消し、住民参加や生態系全体の保全など、環境基本法、環境影響評価法が重要な立法趣旨としている点を十分に考慮するためには、「細切れ」「五月雨」式の「追加調査」を重ねて環境影響評価手続を履践したとするのではなく、環境影響評価法を適用した当初からの手続を再実施するのが相当である。成瀬ダム計画は、同法の適用が可能な第1種事業であり(同法2条2項、同法施行令第1条、別表二、イ)、同法附則第4条では、事業者は、同法の施行前の事業であっても、同法の適用のある事業については、同法の「規定による環境影響評価その他の手続を行うことができる」とされているのであるから、建設省においては、同法の適用による環境影響評価手続を、最初からやり直すことは十分に可能なのである。

第3 ダム建設による自然環境への影響

1 貴重な自然環境の破壊
 成瀬ダム建設予定地及びその周辺には、「天然記念物緊急調査」(文化庁昭和45年)、「自然環境保全調査」(環境庁昭和56年、「第三回」平成元年)等で、特定植物郡落等としてとりあげられた「成瀬川上流のブナ林」「成瀬川上流部原生流域」「栗駒山の自然植生」等が分布する。また、「保護林の再生・拡充について(平成元年4月11日元林野経第25号)」に基づき平成6年3月に設定された「栗駒山・栃ヶ森山周辺森林生態系保護地域」が分布する。
 このように、成瀬ダム予定地及びその周辺には、貴重な原生的天然林や原生林もしくはそれに近い自然林が豊富に存在している。しかし、成瀬ダムの建設によって、「成瀬川上流のブナ林」の95haが湛水区域に、147haが工事実施関連区域と重複し、「成瀬川上流部原生流域」はそれぞれ22ha、172haが重複し、「栗駒山・栃ヶ森山周辺森林生態系保護地域」は0.5haが湛水区域に、23.5haが工事実施関連区域と重複し、上記の範囲の原生的天然林等が消失するのである。
 これに対し、評価書は、いずれも、本事業区域の外にも同保護地域等が広く分布しているから、植生や保護地域の保全は図られるとして、「ダム建設による影響は少ないと考えられる。」と結論している。
 しかしながら、評価書は、自然林・天然林を保護することにより、森林生態系からなる自然環境の維持や、動植物の保護が図られること、さらにはこれによって貴重な遺伝資源の保存が図られることの重要さに十分な配慮をしているとは言い難い。
 特に、上述の森林生態系保護地域については、湛水区域と重複する0.5haのうち、0.02haは、同保護地域の核心ともいえる保存地域である。森林生態系保護地域は、ここが貴重な動植物の宝庫であり、これを保護するためには自然そのものを保護しなければならない地域であることが公認されているものであって、国有林の中でももっとも厳格に自然環境を守る制度である。これが本事業区域と重複することは、それだけで自然環境に与える影響が甚大であることを意味する。しかも、このように国自らが設定した森林生態系保護地域を、国がダム建設によって消失させる点で、制度の趣旨を没却するものである。

2 貴重な動植物への影響が予想される
(1) 本地域には、貴重な動植物が豊富に存在している。
 成瀬ダム建設予定地及びその周辺には、レッドデータブックに「絶滅危惧種」として記載され、種の保存法に基づき「国内希少野生動植物種」と指定されたオジロワシ、イヌワシ、クマタカ、「危急種」であるミサゴ、オオワシ、オオタカ、ハヤブサ、クマゲラ、「希少種」のハチクマ、ハイタカの生息が確認されている。さらに、最近、環境庁のレッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」とされているシノリガモの生息が目撃されている(シノリガモが栗駒山などの「山深い天然木材内を流れる渓流付近で繁殖が確認されている」ことは、昭和59年刊の小笠原ロ著「秋田の野鳥百科」にも記述されている)。このうち、オジロワシ、オオワシ、イヌワシ、クマゲラは国指定天然記念物でもある。
また、国指定特別天然記念物であるニホンカモシカが頻繁に確認され、「希少種」で国指定天然記念物でもあるヤマネ、「希少種」のホンドモモンガ、オコジョ、環境庁の自然環境保全基礎調査で「絶滅のおそれのある種・学術上重要な種等」とされたトウホクサンショウウオ、クロサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、モリアオガエル、トミヨ等の貴重な哺乳類、両生類、魚類の生息が確認されている。
 さらに、植物でも、レッドデータブックで「危険種」と記載され、かつ環境庁の「植物版レッドリスト」で「絶滅危惧U類」とされているオキナグサ、トガクシショウマ、ヤシャビシャク、ヤマスカシユリ、エビネ等貴重な植物の植生も確認されている。
(2) ダム建設がワシ・タカ類に及ぼす影響
 上記のとおり、成瀬ダム建設予定地及びその周辺では、貴重なワシ・タカ類が多種類生息している。
 調査データによれば、イヌワシは、平成10年11月から同11年10月までの83日間をみても、調査範囲の全域において合計473回の飛行が確認され、うち調査対象区域及びその周辺では176回に及ぶ。また、調査対象区域及びその周辺におけるハンティング行動(索餌行動)25回、ディスプレイフライト2回、複数での行動8回が確認され、調査対象区域から複数の「古巣」と「卵殻片」が確認されている外、平成11年には、調査対象区域外数キロ地点で営巣中の巣とヒナが確認されている。
 平成10年12月から同11年11月までの、クマタカについては、調査範囲の全域において158回の飛行が確認され、うち調査対象区域及びその周辺では98回の飛行が確認されている。また同区域及びその周辺におけるハンティング行動は7回、複数での行動15回、ディスプレイフライト6回である。
 ちなみに、これらの飛行回数は、前年においてもほぼ同数が確認されている。
 さらに、調査対象区域内において、複数のハイタカの巣及び幼鳥が確認され、鳥種の特定できない古巣も複数確認されている。
 これらの諸データは、本事業地を含む一体の地域が、ワシ・タカ類の採餌の場として高度に利用されていることを示すばかりか、現に一部のワシ・タカ類の営巣の場であり、イヌワシにとっても営巣の場である可能性が高い。「古巣」の再利用の可能性も含めて、今後の長期間の調査が必要である。特に、近年、イヌワシの繁殖率の急落が大問題となっており、ダム建設などの森林開発による餌不足が指摘されている。したがって、イヌワシへの影響評価にあたり、採餌について十分に留意されなければならない。調査によって、本事業地一帯が採餌場として高度に利用されていることが強く示唆される以上、ダム建設による「影響が少ない」とは言えない。
 また、クマタカについても、上述のとおり多数回にわたり確認され、オオワシやハヤブサ等確認されているワシ・タカ類の種類が豊富であることからしても、調査地域がワシ・タカ類の生息に好適な自然環境であることがわかる。
 評価書は、ダム建設事業による消失森林を除いても十分な森林が残るとして、これらワシ・タカ類についてダム建設による「影響は少ない」とするが、食物連鎖の高位に位置するワシ・タカ類は、生態系の変化の影響をもっとも受けやすい動物の一つであり、現に採餌場として利用されている可能性の高い森林の消失は、これらワシ・タカ類に甚大な影響を与える可能性がある。評価書には、このような安易な開発優先の姿勢が「絶滅危惧種」を増加させてきたことについての反省がない。このような「絶滅危惧種」に対する無配慮は、生態系全体の保護を求めた「生物の多様性に関する条約」の趣旨及び生息区域内保全を求めた同条約8条等に違反するものである。
 なお、環境影響評価は、ワシ・タカ類の出現を調べるに留まっており、繁殖活動をしている固体を見分け、行動圏を把握することが必要とされるが、本調査データはそのような調査を行っていない。したがって、そもそもワシ・タカ類への環境影響評価をなすには調査方法に不備がある。
(3) クマゲラへの影響
 調査データによれば、危急種のクマゲラについても、古巣が7箇所と採餌痕5箇所が発見され、湛水区域内の古巣も確認されている。これらは、調査対象区域内及びその周辺が、クマゲラの営巣及び採餌場所として高利用されていることを示すものである。
 評価書は、クマゲラの生育に適する環境であるブナ群落がダム建設により消失しても、「本事業区域の他にも成瀬川流域には、ブナ群落が広く分布している」から、「影響は少ない」とする。
 しかし、ダム建設によって、貴重な「成瀬川上流のブナ林」等が消失することは前述したとおりである。白神山地でも、ブナに大きく依存して生活しているクマゲラが、ブナ林の消失や人為的影響によって危機的な生育状況となっていることが林野庁の調査で報告されているように、現に高利用されているブナ林が消失することは、クマゲラの生育に重大な影響を及ぼすことが予想される。したがって、本事業は、クマゲラの生息にとって、「影響が少ない」とは言えない。
(4) 生態系全体の保存の必要性
 その他、前述した貴重な動植物についても、準備書は、生息・生育地域の一部が本事業により水没あるいは消失しても、他に十分な森林・渓流等が残ることを理由として、影響は少ないとしている。しかしながら、絶滅のおそれのある種や希少種が生息・生育する場を減少させること自体が何ら問題とされていない。さらに、これら貴重種の保全のためには、その生息・生育する生態系全体を保全しなければ、結局その保全はまっとうできない。評価書は、これら貴重な動植物が、そもそも微妙な生態系の上に生息・生育していたがために、開発による環境変化に対応できず「絶滅危惧種」「希少種」となってしまったことに対する理解が欠けている。生態系への影響を把握するために、ありのままの自然を科学的に認識する必要を打ち出した環境影響評価法の趣旨からしても、貴重種がこれほど多数存在すれば、生態系全体の保全の必要性が認識されなければならない。「貴重種だけが貴重なのではなく、多数の種が群集として各々の再生産を繰り返してきたことが重要」(成瀬ダム事業審議委員会環境・地質等調査専門委員会の報告書(平成8年7月26日)中の魚類の専門委員の意見)だという認識がなされるべきである。
 また、レッドデータブックに記載された貴重種はもちろん、その他の動植物も含め、地理学的な視点からみても、ダム建設予定地及びその周辺は、貴重な遺伝子資源の宝庫ともいえる。この観点からも、まず生態系全体を保存しなければならないのと解される。

3 まとめ
 以上、本事業の湛水区域が、森林生態系保護地域と重複すること、さらには数多くの貴重な動植物への「影響が少ない」とは言えないことからして、本事業による自然環境への影響は少ないと評価することはできないものである。

第4 治水について

1 治 水 計 画
 昭和49年3月に改定された雄物川の治水計画「雄物川水系工事実施基本計画」(以下「基本計画」という)は、基準地点(椿川)における基本高水流量のピーク流量を9,800m3/sと定め、上流ダム群で1,100m3/sを調節して計画高水流量を8,700m3/sとするものである。成瀬ダム建設計画はこの「上流ダム群」の一環をなすもので、成瀬川、皆瀬川及び雄物川の治水安全度の向上を図るものとされている。

2 基本高水流量設定についての疑問
 ところで、雄物川流域における主要な洪水と被害は次表の通りである。

項  目

発生年月

最大流量

全壊

流出

半壊

床上

浸水

床下

浸水

浸水

農地

備考

昭和

22.7.21

m3/s

5,050

308

0

13,102

12,259

ha

18,253

 

昭和

44.7.28

2,480

0

0

136

1,168

9,116

 

昭和

47.7.6

3,300

1

2

261

1,091

9,095

 

昭和

54.8.6

2,690

1

0

41

373

3,599

 

昭和

56.8.23

2,280

0

1

2

9

1,300

 

昭和

62.8.18

3,260

0

0

534

1,040

5,400

 

平成

6.9.30

 

 

0

0

0

1

6

成瀬川による

国道342通行止

     (注) 雄物川水系成瀬ダム建設事業環境影響評価準備書より。
       最大流量は基準地点のものである。

 この表によれば、これまでの基準地点における最大流量は昭和22年7月21日の5,050m3/sであり、その日の被害も他の洪水に比べ非常に大きい。
 しかし、この昭和22年の洪水でも、基本計画の基本高水流量ピーク流量9,800m3/sより4,750m3/s少なく、ほゞその2分の1にとゞまる。しかも昭和22年当時は洪水が発生するそれなりの原因があった。即ち、戦争中の乱伐で山は荒廃し、森林の保水能力は大幅に低下していた。更に、河川改修等の治水工事に必要な資材の不足等で河川の治水工事は十分行われなかったからである。
 その後、山には植林が実行されて保水能力が向上し、治水事業も進展した結果、洪水は大幅に減少したのである。こうした経緯は、昭和22年以降、50年余の洪水をまとめた上記の表からも十分にうかゞえる。すなわち、昭和22年より後の洪水の最大流量は3,300m3/s以内となっている。
 従って、基本計画が基本高水流量のピーク流量を9,800m3/sと設定したのは根拠が乏しく疑問が残る。100年に1度の洪水への対策を、150年とか200年に1度の洪水への対策へと基準を上げれば、ダム建設はいつまでも続く。しかし、民間であれば破産状態とも言える国家財政の危機下では、費用対効果の見地からして、安全度が高ければ高いほどよいとは言えないのである。

3 治水効果についての疑問
 成瀬ダム計画によると、ダム地点の計画高水流量470m3/sのうち、360m3/sの洪水調節を行う。この360m3/sの調節は、前述の椿川基準地点における計画高水流量8,700m3/sを実施するための上流ダム群による1,100m3/sの調節の一部となり、同基準点において130m3/sのカット効果があるとされる。(成瀬ダム計画技術レポート)
 しかしながら、こうした成瀬ダムの治水効果については次のような疑問がある。
 第一に、成瀬ダムの360m3/sの調節により、基準地点において130m3/sのカット効果があるという根拠が十分明らかとはいえない。また、上記効果は、成瀬ダムのピーク流量が椿川基準点のピーク流量に対して影響を与える計画相応の洪水パターンには妥当するが、洪水のパターンが変われば、その効果は減少すると考えられるのである。
 第二に、上流ダム群のうち既設の玉川、鎧畑、皆瀬の3ダムの集水面積合計は779.3km2であり、その調節効果は300m3/sとされている。一方、成瀬ダムの集水面積は68.1km2であり、上記3ダムの8.7%程にとゞまるが、調節効果は130m3/sとされ、上記3ダムの300m3/sの43.3%にも及ぶ。こうした効果の差異は、降水量等の相違のみでは理解困難で疑問が残る。
 第三に、上流ダム群による1,100m3/sの調節には、成瀬ダムのほかに670m3/sを調節できる既存3ダムに倍する新たなダム建設を必要とする。こうした果てしないダム建設は、自然環境を破壊し、国と地方の財政危機状況からして現実性に乏しいばかりか、ダム建設の終焉というアメリカ合衆国を始めとする欧米諸国の趨勢にも後れをとる。

4 代替案検討の不十分
 建設省の基本高水流量の設定自体に前述した疑問のあるところであるが、「成瀬ダム計画技術レポート」に見られる治水の代替案の検討は不十分と言わざるを得ない。
 すなわち、1987(昭和62)年の洪水で浸水した西仙北町刈和野地区では、治水のための築堤工事が進行中である。また、1994(平成6)年の成瀬川における既往最大の洪水により、床上浸水1棟、浸水農地6L、国道342号線の通行止めの被害がみられた。しかし、こうした洪水被害については、東成瀬村の田子内、岩井川両地区を中心とした堤防の建設等により、被害を予防することが可能である。また、事業費も少額で足りる。技術レポートの代替案は、簡単すぎて詳細は不明であるが、成瀬川の全川にわたり堤防嵩上げ・引堤等の工事を想定しており、余りにも過大な代替案と言わざるを得ない。

5 まとめ
 以上の検討により、成瀬ダム建設による治水効果は、基準地点における基本高水流水量の設定が余りに過大であるとの疑問があるうえ、その治水効果についても過大に見積もられているとの疑問がある。一方、過去の洪水被害に対しては、現に西仙北町刈和野地区の築堤工事が進行中であり、また、成瀬川の洪水についてもこうした堤防工事等の代替案により被害を防止することができると考えられる。従って、治水を理由に成瀬ダム建設を正当化することはできない。

第5 利水について

1 かんがい用水
 (1) 建設省は、成瀬ダム建設の目的として、平鹿平野のかんがい用水が「慢性的な水不足となっている」とし、国営土地改良事業平鹿平野地区の農地約10,200haに対して最大約27,000m3/日のかんがい用水を供給するという。
 (2) ところで、建設省がかんがい用水不足の事例として挙げる「番水制実施状況(平鹿平野地区)」および秋田県雄物川筋土地改良区の資料によれば、昭和51年から平成11年までの24年間に9回の番水制が実施され、最長は38日間、最短は7日間である。また、実施時期は7月中下旬から8月に限られている。従って、代かき期、田植期に水不足のため番水制が実施された事例はなく、水不足が発生したとされる7月中下旬から8月も番水制の実施と皆瀬ダムの利用により水不足は解決されている。節水、需要管理、効率化、再利用などは、例えばアメリカ合衆国においても利水に関する基本方針とされており(1995年2月15日日本弁護士連合会主催フォーラム「川と開発を考える」における合衆国開墾局総裁ダニエル・ビアード講演)、上記番水制の実績などはむしろ評価されてよい。
 こうした実情から判断すると、成瀬ダム建設にかんがい用水の水源を求める必要性は乏しい。なお、ダム建設の受益者負担金と基幹施設の改修、関連圃場整備事業の施行などに伴う新たな負担金が発生するところ、果して必要性の乏しい事業に関係土地改良区組合員の理解を得られるか問題の残るところである。
 (3) かんがい用水の不足が懸念されるとしても、横手盆地は地下水が豊富であるから(後述)、代替水源として地下水利用の拡大が考えられるべきである。また、幹線水路の途中に調節池を多数つくることも有効と考えられる。
 成瀬ダムのかんがい用水供給計画には、こうした代替案の検討も欠落している。

2 水道用水
 (1) 成瀬ダムは、日量15,000m3程度の水道用水供給を目的の一つとしている。受水市町村は、湯沢市、増田町、平鹿町、十文字町、西仙北町及び南外村である。これらの市町村では、将来の上・下水道の整備等により水道用水の需要増が予想されるが、現況水源のほとんどが伏流水及び地下水という不安定な水源であるため、安定した水源が必要であるという。
 (2) 受水6市町村が、安定した水源を求める理由には理解できる部分もある。しかし、成瀬ダムにその水源を求めるのは以下の理由により飛躍があり、合理的選択とはいえない。
 第一に、十文字町を除く5市町村は合計7,100人を超える給水人口の増加を見込んでいる。しかし、水道普及率が頭打ち状況であることに加え、過疎化による県人口の減少に歯止めがかゝらず、「少子高齢化」、「低成長」といわれる時代にこうした給水人口増加の予測が妥当といえるか疑問である。また、水道の1人あたり使用日量の予測も、現状よりアップされ、400〜500リットルとされているところが多い。大都市部でも家庭用水の平均使用日量は250リットル程度であり、400〜500リットルの使用日量の予測は最大給水量を考慮しても明らかに過大である。真木ダムの環境アセスメント資料によれば、平成2年3月の1日1人平均給水量は、中仙町159リットル、太田町258リットルであり、同最大給水量は、中仙町174リットル、太田町321リットルであった。今後、残された自然環境の保全のためにも、市町村は節水の啓蒙や節水器具の普及等に努めるべきである。こうした給水人口と使用量の予測の見直しにより、成瀬ダムの取水予定量は大幅に減少しよう。
 第二に、上記したところによってもなお水道の水源不足が発生する市町村については、代替水源として@地下水源の開発、A玉川ダムに取水する秋田県の秋田第二工業用水、或いは秋田市の上水道水利権の各余剰水について譲渡、転用が検討されるべきである。
 @について、横手盆地の地下水は、国の調査によっても「豊富に賦存」し、年間の平均的な値として「安定している」とされる。従って、時季的な地下水位の低下については、水源かん養池の作設とより深い井戸の掘削などによって対応可能と考えられる。西仙北町と南外村を除く4市町村はこの地下水源の活用が可能である。
 Aについては、余剰工業用水の水道用水転用は全国に多数の事例があり、国も推進しているところである。秋田第二工業用水には少なくとも日量7万2,000トンの未売水があるので、日量1〜2万トンの転用には問題がない。また、秋田市の水利権譲渡等については、同市がその推進に着手している旨報ぜられている。西仙北町と南外村は、その取水予定量が合計3,000m3/日であり、玉川ダムの工業用水、上水道水利権利用が考えられるべきである。南外村については、17年後とされる成瀬ダムの完成(これとて国の財政事情により順調に進むという保障はない)を待たず、早急に上述の水利権の転用・譲渡が急がれるべきであり、秋田県が指導性を発揮することが望ましい。
 (3) なお、建設省は、水道の渇水被害状況一覧表を掲げるが、当初の一覧表は成瀬ダムを水源としない地区が五ヶ所(全体の3分の1)も含まれていたうえ、渇水被害は平成6年に集中し、南外村を除けば、数日程度の時間給水、減圧給水である。
 こうした実情と上記代替水源の存在に照らせば、成瀬ダム建設の主な目的の一つとして水道用水の確保を掲げることには無理がある。

第6 地形・地質について

成瀬ダム建設予定地では、成瀬川に沿って、「成瀬川断層」の存在が指摘され(秋田県発行の5万分の1地質図など)、成瀬川の流路はこの断層による破砕帯によって位置づけられているとされる。
 また、ダムサイト予定地付近には、破砕帯の存在する可能性も複数の専門家によって指摘されている。これが事実とすれば、事業費の膨張が不可避となり、費用対効果の観点からも軽視できない。
 更に、ダムサイト予定地付近には地すべり地形が顕著であり(科学技術庁の地すべり地形分存図など)、湛水による地下水の上昇が地すべりの誘因となる危険性も否定できない。また、ダムの湛水によって地震が誘発されるという事例報告も多く、近隣に断層の存在が指摘されている成瀬ダム建設予定地においても、こうした懸念を払拭できない。
 従って、建設省は、ボーリング調査等の事前調査を尽くし、調査結果を全面公開し、多数専門家の検討に付すべきである。
 こうした慎重な手順を尽くさないまゝにダム建設を強行することは危険と負担が大きすぎると考える。

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