●脳動静脈奇形
脳動静脈奇形は一般の方には聞き慣れない病名と思いますが、脳神経外科の領域では良く知られている疾患です。普通の脳の血液循環ですと、動脈−毛細血管−静脈の順序に血液が流れます。毛細血管は酸素やグルコースなど脳にとって大事な物質の交換場所であると同時に脳循環からみますと血流の抹消抵抗の強い場所でもあります。
脳動静脈奇形は原始動脈、毛細管、静脈が分かれる胎生早期(第三週)に発生する先天性異常であり、脳血管撮影をしますと、正常の流れと異なり、毛細血管相が無く、動脈相の時期に既に静脈が造影され(動脈血が直接静脈に移行)、同時に『無数のマムシが巣の中でニョロニョロと絡み合っているような異常血管塊(ナイダス、ラテン語の巣の意)』が描出されます。
動動静脈奇形が存在しますと、脳の血流は、毛細血管があるため抹消抵抗の強い正常脳組織への還流を避け、抵抗の少ない動静脈奇形部に多くの血液が流れ込みます。従って周辺部の脳は乏血状態になり、まひなどの脳虚血症状が出現することがあります。これを動静脈奇形部に血が盗まれる現象、『盗血現象』と言います。
また、毛細血管が存在しないため、動脈系と静脈系の圧調整が出来ず、静脈系に過大の圧が加わり、次第に脳動静脈奇形は増大します。大きなものになりますと血液が空回りしますので心臓に負担が加わり、心筋肥大や心不全になる場合もまれにあります。さらには、破裂による出血の危険も伴います。
さて、脳動静脈奇形の頻度ですが前回の脳動脈瘤(りゅう)の約10分の1から20分の1と言われています。代表的な症状は脳動静脈奇形の破裂による頭蓋内出血症状=くも膜下出血、脳実質内出血、脳室内出血…突然の激しい頭痛、嘔吐(おうと)や出血の部位によるまひなどの巣症状=が40〜50%、次いでけいれん発作が20〜30%、前述の盗血現象によるまひなどの進行性の神経脱落症状が数%、頭痛などのスクリーニングで偶然発見されるものが20%前後となっています。
いずれも発症年齢は20〜30歳代と比較的若年です。この年齢で発症したくも膜下出血やけいれん発作の患者さんを診れば、われわれ脳神経外科医は最初にこの脳動静脈奇形を考える程です。この疾患の予後は、脳動脈瘤破裂より軽症ですが、いったん出血に見舞われますと死亡率約10%、まひなどの後遺症が残る罹病率が約30%と言われています。
脳動静脈奇形の自然歴をみますと、非出血発症例の将来の出血率は年間2〜3%、出血発症例では再出血率は1年目は6%と高く、以後は非出血例と同等の年間2〜3%と言われています。
さてこの脳動静脈奇形の治療の第一は将来の出血による死亡を含む重篤な神経脱落症状出現の防止にあります。この目的のため現代の医学では次の三つの戦略が考えられます。@手術による摘出術…最も確実である。しかし脳深部や重要な神経機能部位では手術が困難な場合があるA血管内手術による塞栓術…血管内操作でマイクロカテーテルを動静脈奇形の栄養血管に誘導して塞栓物質を注入してナイダスを中から塞栓する。しかし単独では治癒率は低く、現況ではまだ補助的治療手段の段階であるBガンマーナイフやx−ナイフなどによる放射線治療…通常一日で治療が終了しすぐ社会復帰出来るという利点がある。
一方、完全塞栓率が摘出術より低く、完全塞栓に至るまでに2〜3年を要し、その間の出血率は未治療と同等である。また、@〜Bをいろいろ組み合わせた治療も良く行われます。さらに、C根治療法のリスクや脳動脈瘤破裂より致死率が低いことを考慮して抗けいれん剤のみを投与し保存的治療で経過をみるという選択も重要です。
脳動静脈奇形の大きさ、存在場所が脳の表面か深部か、重要な神経機能をつかさどる場所か、出血例か非出血例か、既に神経脱落症状を伴っているか、年齢、合併症の有無など症例ごとに各治療手段のリスクも異なります。患者さんに十分説明し、可能であれば完全治癒が得られる摘出術が望ましいとは考えますが、さらに一人ひとりにとり最も適切な治療方法を吟味し選択すべきだと考えます。因みに胆沢病院では摘出術を中心とする根治療法と保存的治療の比率はほぼ半々です。
大和田健司(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より
脳血管撮影 | |
脳血管撮影は脳の血管が関与するさまざまな疾患――脳血管障害、脳腫瘍(しゅよう)など――の確定診断、治療方法の選択や予後判定に決定的な情報をもたらす検査です。一般的な方法は、セルジンガー氏法というやり方で、大腿動脈から直径二_弱の細いカテーテルをガイドワイヤーを利用してレントゲン透視下にけい動脈に誘導して造影剤を注入します。造影剤は血流に乗り、脳の血管は動脈相、毛細血管相、静脈相と連続的に描出されます。この検査はヨード過敏症などのアレルギー体質の方は受けられません。また動脈を穿刺しますので動脈系のトラブルが全く無いとは言えません。 そこで精度は劣りますが、より侵襲が少ない検査に、『3D−CT』があります。これは、静脈に造影剤を注入しながららせん型CTを撮影しますと血管の立体陰影が得られますし、動脈系のトラブルが避けられます。また、『MRA』(MRI−核磁気共鳴画像−による血管撮影)は造影剤も使用せず、心臓のペースメーカー装着など体内に金属を有する人以外の方々には全く無侵襲な検査で脳血管のスクリーニングが可能です。本当に科学技術は日進月歩ですね。 |