●脳血管性痴ほう

 アルツハイマー型痴ほうと並んで老年期における痴ほうの代表とされているのが、脳血管性痴ほうです。これは脳血管障害、特に脳梗塞(こうそく)に起因して起こる痴ほうです。脳血管性痴ほうの頻度は65歳以上の老年者の痴ほうの40〜50%と言われてきました。ただし、最近の統計ではアルツハイマー型痴ほうの頻度が徐々に増加しつつあります。

 痴ほう発症の直接誘因となる脳病変の分類法には種々ありますが、一般的には@広範な脳梗塞型A多発性梗塞型Bビンスワンガー型白質脳症C限局性梗塞型D脳出血によるものEクモ膿下出血によるもの、などに分類されます。

 @の型はそれまで認知機能がほぼ正常であったものが、脳梗塞発作により痴ほうを呈する場合であり、痴ほうは単一の脳梗塞発作により急性に発症します。

 Aの型は脳梗塞の多発により痴ほうが発症します。このタイプの痴ほうは徐々に、かつ階段状に進行します。

 この@とAを区別しておくことが大切です。今回は脳の血管が詰まったことによって生じる脳梗塞が広い範囲に発生したり、多発したり、あるいは記憶に関係する部位に起こって生じる脳血管性痴ほうについて述べることにします。

 今のところ、いったん生じた痴ほうを治す方法は一部の疾患しか見いだされていません。従って痴ほう発症を予防する方法は脳梗塞発作の予防と共通します。脳梗塞の危険因子を覚えておきましょう。

 高血圧は脳梗塞の危険因子の中で最も重要なものです。血圧の上昇とともに脳梗塞の頻度は増加します。高血圧は細小動脈の血管壊死(えし)の原因として重要であり、脳動脈の粥状硬化にも関与しています。よって高血圧のコントロールが重要ですが、高血圧の既往を持つ人は微小血管壊死を起こしているため血圧の自動調節機能が低下し、血圧の少しの降下でも脳血流の障害が起こりやすいのです。

 高血圧のある脳血管性痴ほうの患者の降圧は注意が必要です。収縮期血圧が135〜150mmHgにコントロールされていた例では、痴ほうの進行がなかったが、これ以下の血圧では痴ほうが進行したという報告が目立ちます。夜間降圧を考慮しない過度の降圧は危険といえます。(血圧値は外来診療時の血圧である)

 糖尿病は高血圧症・高脂血症・肥満などを合併していることが多くあります。糖尿病に伴う脳血管障害の特徴は、脳出血は少なく、脳梗塞が多いことです。さらに大梗塞は少なく、中等度ないし小梗塞が多く見られます。脳血管性痴ほうの病型の中では前記分類のA、Cの危険因子に成り得えます。

 糖尿病治療薬の不適切な使用により、低血糖を起こした場合は大梗塞を生じやすく、高血圧に続く重大な危険因子です。これらは毎年行われる「基本健康診査」でも重要な項目となっており、現在危険因子を持たない人も年一回の健診をぜひ受けて自分のデータを集積しておく必要があり、健診を有効に利用していただきたいと思います。

 飲酒と喫煙は興味ある因子ですが、タバコが脳梗塞の危険因子とはいまだ断定できません。飲酒については多くの報告があります。もともと飲酒しない人と比べて日本酒一日一合以内の飲酒者では脳卒中のリスクは差がないようですが、それを超えるとリスクが増加します。一日三合以上の人では4倍のリスクとなります。飲酒は、常々言われるようにビール一本、日本酒一合が適量と言えるようです。

 アルツハイマー型痴ほうと脳血管性痴ほうの違いは表の通りです。

アルツハイマー型痴ほうと脳血管性痴ほうの違い

アルツハイマー型
痴ほう
脳血管性
痴ほう
発症 徐々に 急性発症〜脳卒中の発症と関連
経過 迫伝性悪化 階段性悪化
年齢 加齢・老化に関係し、70歳以降に多い 脳血管疾患あれば年齢に関係なし
男女比 女性に多い 男性に多い
知能機能低下 全体的 部分的(まだら痴ほう)
人格 早期崩壊 比較的よく保たれる
病識 早期になくなる 末期まで残る
周辺症状 徘徊・移動 感情失禁

冨田幸雄(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より

 

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夜間降圧(やかんこうあつ)

 血圧は一般に、昼間(覚醒時)よりも夜間(睡眠時)の方が低くなるが、その程度は個人差が大きい。昼間覚醒時の平均血圧の10%以上降下するものをディッパー(dipper )、10%未満をノンディッパー(non−dipper )と定義することが多い。この血圧降下のことを夜間降圧という。
 1984(昭和59)年、高血圧患者のなかには正常な夜間の血圧降下が見られないタイプ(ノンディッパー)が存在し、それらの患者は虚血性心疾患や脳血管障害などを合併することが多いと報告された。夜間血圧が昼間血圧の20%以上降下するものをエクストリーム・ディッパー(extreme−dipper)という。これが心疾患や脳血管障害を誘発するか否か多方面から検討されている。
 エクストリーム・ディッパーがディッパーに比べ、無症候性脳血管障害が進行しているという事実は確かなようであり、降圧剤を服用中の人は過度の降圧に注意が必要である。