●介護保険制度と痴呆症

 すべての人に等しく加齢は襲ってきます。人生80年と言われる長寿社会にあって、長くなった老年期をいかに豊かに過ごすのか問われる時代になりました。この老年期を豊かに過ごせるか否かは痴呆症の有無にかかっているように思われます。

 厚生省の調査では、痴呆性老人の有病率は65歳以上の人口のおよそ6.9%、全国推定では126万人と言われています。今後、ますます痴呆性老人は増加するだろうと予想されます。しばらくの間「痴呆性」を理解していただくことにします。今回の介護保険の盲点は痴呆症の判定とその扱いが不備だったと言わざるを得ません

 痴呆とは一度正常に発達した知的機能が正常以下に低下した状態を言います。言い換えると、人は朝起きて夜床につくまで、無数の判断をし続けます。周囲に起こる状況を正しく認知して、過去の経験や知識と照らし合わせながら、どうするのかを決めていく。これが知能であり、この障害を痴呆と言います。高齢になると、健常者でも”忘れっぽく”なりますが、知能あるいは判断能力は正常であるため社会生活には支障をきたしません。

 痴呆は記憶障害にとどまらず、知能障害を含むために、通常の社会生活ができなくなるのです。では、なぜ痴呆が起こるのでしょうか。多くの場合、脳神経細胞が形態学的な障害を受けたときに、痴呆は発現します。そして徐々に進行します。軽症から中等度、そして重症といった段階があります。例えば、記憶障害を中心とした健忘期に続いて失見当識や混乱反応などの知能障害を主とした混乱期、そして高度な知能低下、言語機能の障害、失禁などの痴呆期へと推移します。痴呆性老人の半数はその経過の中で行動異常や精神症状を起こしてきます。痴呆は介護にとって最も手のかかるものです。

 例えば、自分がしまったことを忘れて盗まれたと思い込む盗難妄想、夜間の不穏行動、幻覚、妄想、徘徊、うつ状態、自発性低下、無気力、攻撃行動などがあります。

 痴呆は私たちが生涯かけて蓄積した知的資産を侵害し、さらに情報伝達機能を壊して、”よりよく生きること”を妨げ、老年期のQOL(生活の質)を妨げる第一の原因を作ります。従って、痴呆症の病態の解明、有効な治療薬の開発、個別的な対応を家族・介護者などと共に計画していくこと、そして地域におけるケア・システムを多くの人々が作りあげることが重要であり、今回の介護保険制度はそれを達成するための第一歩となり得る可能性があり、期待するものであります。

 次回からは痴呆症、神経疾患について詳細に解説する予定です。

冨田幸雄(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より 

 

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QOL(クオリティーオブライフ)

 「生活の質」と訳す。また、医療者はこれを頭文字を取って「QOL」と呼ぶ。全くの健康である状態を最高、死亡を最低として、ある時点での健康状態がその人にとってどれだけ快適でかつ意味のあるものであるかを示す指標。例えば本人にとって耐え難い苦痛があったり、本人のやりたいことが病気のせいでできなかったりするとクオリティーオブライフは低くなる。ADL(日常生活の自立度)が客観的指標であるのに対し、クオリティーオブライフは本人の主観に基づいた指標である。完全に病気を治癒させることが不可能である時、または完全に治癒するまで長い間がかかる時には、このクオリティーオブライフをいかに高くするかが医療にとっての目的となる。